どうも、芋ころりんです。

07 妊娠、そして2度目の流産の続きです。

今回は余談です。 

違和感

励ましの言葉なのに
流産を2回経験して
色々な言葉をかけてもらったけれど
どこか違和感を感じていた

けれども何にひっかかっているのかは自分でも分からなかった

「…ファイト(汗)」
「今はタイミングじゃなかったんだよ」
「残念ですね?」
あんまり深刻にならない方がいい」
「大丈夫よ」

どれも私を励ましてくれている言葉だと分かっている

どの言葉をくれた人も私に好意的で優しい人ばかりなので嫌味を言っているわけでは絶対にない

励ましや慰めの言葉に「ありがとう」と感謝の気持ちを抱く一方、
どこか素直に受け止められない自分もいた
 
捻くれた感情を抱いてしまう自分はだめだなぁと思った

でも胸のひっかかりはずっととれない―――


上手く言葉に出来ないモヤモヤの存在が分からぬまま、流産手術のため入院をしていてふと気づいた


看護師さんも医師も真面目に誠実に仕事をして私たち患者を救ってくれている
 
すがれるのは医師たちだけなので、本当に感謝しかない

でも彼らにとって、私は"患者”という枠の外に出ることはないんだろう
(医療従事者の方からすればそれが正しいのだろうと思う)

そうか

流産という枠でみたらよくあることだし、
気にしたからどうなることでもないけれど、
私にとっては100%なのだ
私が体験した1つ1つの経験の全てなのだ

ひとつの命が生まれ死んだことを軽く扱ってほしくなかったんだ

たしかに産声もあげていないし、妊娠後期の死産でもない、初期流産はある一定数偶発的に起きることなんだろう

でもたしかに私たちの中に奇跡の生命が灯され、その光が消えた

私たちはその子に会えず、私は傷心したし、身体にも負担がかかった

気にしてもどうなるわけでない、
前向きにいくしかない、
たまたま起きたことで、仕方ない
誰も悪くない、どうしようもなかった

わかってる、わかってる、わかってる。

慰めなくていい
励まさなくていい

だけど「よくあることよ!」なんて軽視しないでほしい

何もしないでほしい
そっとしといてほしい

ただそれだけ

そこにあった命を文字通り流さないで―――



多くの人は流産しても周りの人には明るく話すだろう
"ダメだったんですよ〜(汗)”とか、
”もう大丈夫ですー”とか

だってそれは"よくあること"で、泣いたり籠ったりいつまでもウジウジし続けたりしてはだめだから

でも大小あれど傷つかない人はいないと思う

だからもし周りに同じような経験の人がいたら軽くあしらうようなことはどうか言わないであげてほしい

励ましも慰めもいらないから、ただその人が悲しんだり辛いなという気持ちに寄り添ってあげてほしい

そう思う